| 舞妓さんは、どうやってなるのですか? |
京都は、「五花街」といって、祇園甲部・先斗町・宮川町・上七軒・祇園東‥と
花街が五つあります。お茶屋の数も、芸・舞妓の数も一番多いのが祇園甲部です。
(私も祇園甲部にいました)
舞妓さんは現在、京都全体でに50〜60人ほどいます。祇園甲部には、20〜30人
ぐらいでしょうか‥。中学を卒業した頃から、置屋で姉さん達と生活を共にしながら、
舞や行儀作法、着物着付けなどの修業をして、約1年後に晴れて舞妓として
デビューできます。試験や面接などで合否を決めるのではなく、親元を離れての
厳しい修業に耐え残った人がなれるのですが、大半が挫折したり逃げてしまいます。
300年の伝統・しきたり‥そして15歳〜80歳代までの女だけの世界なので、
口で表現するのは難しいほどの独特の厳しさがありますョ。(T_T)
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| 舞妓さんと芸妓さんの違いは何ですか? |
15歳位〜20歳前後位までが舞妓さんで、卒業すると芸妓さんに襟替えします。
昔は、旦那さんがつかないと芸妓になれなかったようですが、現在では、置屋の
女将さんが顔立ちや背格好を見て、芸妓になる時期を決めるのです。
お座敷ですることや仕事内容は一緒ですが、芸妓さんは年をとるにつれて芸に磨きを
かけていかなければいけないし、お座敷を盛り上げる器量も必要になってきます。
芸妓さん・・は東京などにいる芸者さんと全く同じものですが、京都は「妓」という字
を使い芸妓(げいこ)さんと呼んでいます。外見を大きく分けると・・・・
舞妓さんが自毛で髪を結い、だらりの帯や振袖を着てかわいらしくしますが、
芸妓さんは、島田のかづらをかぶって、着物も地味にシンプルになっています。
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| 白塗りや衣装の着付けは、誰がするの? |
白塗りは、毎日、自分でします!最初は1時間半ぐらいかかるけど慣れると30分で
できます。長時間保つために、下地にお相撲さんが髪につける「鬢付けの油」を
塗りたくってから刷毛(ハケ)で白く塗り、まゆ毛・アイラインや、お紅は全部、
筆で描きます。だから、毎日、仕上がりによって顔の感じが違ってきてしまうのです(涙)
上記の私の写真集の見れば、まゆ毛や唇の違いがわかるでしょ? σ( ̄д ̄;)
皮膚呼吸ができないのでダメージがひどく、綺麗に見えるけど素顔はとても汚い〜!
舞妓さんになったら、お肌の汚さが、勲章として残ってしまいますよ〜(笑)
着付けは、「男衆さん」という男性に着付けてもらい、10分ぐらいで仕上がります。
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| 仕事内容を教えてください。 |
夜のお座敷を接待する (和風のコンパニオンみたい) のが中心で宴席でお酌したり
芸 (舞・踊り) を披露したり、野球拳などのようなお座敷遊びを、お客さんと一緒に
やるのが中心です。
通常は、お昼は、お稽古に通って芸を磨き、夕方の5〜6時位から夜中の1時まで
お座敷に出て働きます。
舞妓さんは日本にしかいないので、昼のパーティ・テレビ、写真撮影・絵のモデル
呉服の展示会・国内、海外への出張・各種イベント参加・・・など、お仕事の幅は
広いです。朝やお昼から、お仕事があっても、必ず夜のお座敷には出るので
18時間位、白塗りしたままで拘束されることもあり、華やかな分だけ大変です。
でも、世界中のVIP・政財界・芸能人・スポーツ選手・会長、社長クラスなどの方と
同席して対等にお話をしてもらえるのは、舞妓さんならではの特権ですよね。
すごく社会勉強になります!
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| テレビみたいに夜のお供もするの? |
(* ̄m ̄)プッ!(笑) 神秘な世界だからこそ、そのようなことがあると思って
いる方多いですよね〜(〃゚д゚;A アセアセ・・・。
確かに大昔は、お座敷の隣の部屋には、お布団が!〜なぁんてことがあったらしい。
でも、昭和の初期に、売春防止法が施行されてから、お布団を一切置かなくなった
のです。京都の花街は、日本の花柳界の中で最高・・だと思っているためにプライドが
高く、『私達は羽織芸者だけど、枕芸者には絶対にならない!』 といったものが
ありますからね〜
男性の願望の一つに、帯をシュルルルル・・・とほどいて、「あれぇ〜〜!」とか
言いながら、クルクル回ってもらいたいみたいですね。( ̄ω ̄;)・・・でもどう考えても
帯は二重に巻いてあるだけなので、あんなにクルクルまわりませんよねぇ〜(笑)
現在は、水揚げも強制ではないし、本人の意思が言える時代なので、無理やり‥
夜のお供〜といったことは、ないと思いますヨ。
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藤花さんが舞妓さんを選んだ理由は? |
私が、舞妓になろうと思ったきっかけは、母が買った1冊の本でした。
その本には、厳しい修行に耐え抜き‥栄光をつかんだ輝いた表情をしている
18人の祇園の舞妓が写っていたのです。世界で50〜60人しかいない
希少価値、そしてキレイな姿の舞妓に憧れたのもありますが‥
一番の理由は、早くから親元を離れ厳しい世界に身を置けば、自分が心身共に
磨かれ、人として成長できると思ったからです。
『若いうちの苦労は買ってでもしろ』‥と言いますよね。若い間だからこそ‥若い間しか
できないことだと思うのです。それから、親孝行もしたかったです。
女手一つで私たち姉弟を育ててくれた母に、楽をさせてあげたかった‥
いろんな強い思いが重なって、舞妓という生き方を選びました。
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いろいろと知りたいことが沢山あるのですが。 |
2005年3月より〜今流行のブログを始めました。テンプレートがみんなと同じでは
嫌なので、自分でカスタマイズした世界に一つしかないオリジナルデザインブログです♪
現在は銀座のクラブで働いている私ですが、そういうプライベートなことから〜
花街生活で見聞きしたきた貴重なお話を 思い出話として沢山の画像と共に
綴っています。
"祇園@花街生活" というカテゴリーに ここでは掲載しきれない思い出話がありますので
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*華の宴* 〜Life at Night〜

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